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원빈팬 wonmee의 블로그^^
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2015 센터폴 F/W 화보 1탄+남자들이 뽑은 남자스타' 6위 등극!+α・・・

[센터폴 메이킹 영상 공유 이벤트]센터폴 2015 F/W 화보 메이킹 영상 공개!카리스마 있는 표정과 포즈로 여심을 사로잡은 원빈과사랑스러운 미소를 선보이는 공승연이 함께 한 촬영 현장!센터폴 메이킹 영상...

Posted by 센터폴 on 2015年8月24日









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풋풋한 신인 시절!

[해피타임] 520회 で풋풋한 신인 시절!(いきいきとした新人時代のいろんなビンニムの姿を見ることが出来ます。
食い入るようにみてしまったぁ~
もうビンニムったらかわいいしカッコいいんだからぁ~とが飛び交うあたし・・・


( [해피타임] 520회 )


( [해피타임] 520회 )
↑ [해피타임] 20150628関連記事


(한밤의 TV연예 510회 20150610 SBS )


우리는 보고싶다.

원빈의 진짜 마음을 담은 광고

あんにょん
ビンニム、良い仕事をしていますね。
‘진정성’(チンヂョンソン)という言葉でビンニムのことを紹介している記事がとても誇らしく感じられます。
ビンニムの‘진정성’垣間見て、どうか幸せな気持ちになってください(爆)

제작후기 :원빈의 진짜 마음을 담은 광고



‘가짜’가 아닌 ‘진짜’에 대해 말하다 뚜레쥬르 “진짜는 맛있다” 캠페인 온에어

더 건강한, 더 맛있는 빵을 만드는 뚜레쥬르의 마음과 내면까지
아름다운 모델 원빈의 진짜 마음을 담은 광고

언젠가부터 시대의 화두로 ‘진정성’이 떠오르기 시작했다. 대중들은 포장된 허상을 믿지 않고, 광고 속에서 나오는 과장된 표현에 속지 않으며, 말과 행동이 일치하지 않을 경우 가차없이 비판한다. 각종 오디션 프로그램과 같은 리얼리티 방송에 대한 대중들의 열광은 ‘진정성’을 향한 그들의 욕구를 보여주는 일례로 볼 수 있다. 겉으로 보여지는 것보다 속에 내재된 진짜 실력에 열광하는 것이다. 소비 행태도 마찬가지, 상품의 포장이나 서비스는 기본이고, 원재료부터 과정까지 고려하며 진짜 품질을 가려내는 소비자들이 늘어나고 있다.

새롭게 리뉴얼한 뚜레쥬르는 이러한 ‘진정성’을 베이커리업계에서 가장 먼저 커뮤니케이션을 시도한 브랜드이다. 원재료부터 다른 밀가루, 천연발효종, 빵이 만들어지는 과정을 고객의 눈으로 볼 수 있는 오픈 키친, 그리고 매일매일 매장에서 구워 신선한 뚜레쥬르는 공장식으로 찍어내서 예쁘게 포장하는 여타 프랜차이즈 브랜드와는 확실하게 차별화 된다.

이번 캠페인의 기획의도는 건강하고 맛있는 빵을 만들기 위해 노력하는 뚜레쥬르의 ‘진정성’을 소비자들에게 전달하고자 하였다.
마침 뚜레쥬르의 모델 원빈이 유니세프 특별대사로서 보여준 진심어린 활동들은 무엇이 진정성인가를 보여주는 좋은 이야기거리가 되었다.

광고는 동티모르에서 아이들과 함께하는 원빈의 모습으로 시작된다. 사랑스럽고 애틋한 눈빛으로 아이들을 바라보는 모습들이 보여진 후, 파티쉐의 정성스런 손으로 먹음직스럽게 구워지는 빵의 모습이 보인다. 아이들을 향했던 그 눈빛으로 뚜레쥬르의 빵을 바라보며 원빈이 말한다. “건강한 빵을 위한 진짜 마음이 느껴집니다. 진짜는 맛있다”

실제 원빈은 광고 선택에 있어서 매우 신중한 모습을 보이는 것으로 유명하다. 출연할 광고 선택에 있어서도 ‘진정성’이 느껴지는 브랜드인가를 생각한다고 직접 말한 바 있다. 겉모습만 화려한 반짝 스타가 아닌 속깊고 사려깊은 면모를 새삼 발견하게 된다.
철저한 보안 속에서 촬영이 이뤄졌음에도 불구하고, 강남역 매장은 원빈을 보기 위해 몰려든 사람들을 통제하느라 스텝들의 고생이 심했다는 후문이다. 또한 촬영이 시작하기 전까지는 조용히 앉아만 있던 원빈은 대한민국 최고의 대우를 받는 스타답게, 큐사인이 들어가자 마자 뚜레쥬르의 건강한 빵을 자연스럽게 음미 했다. 거의 모든 컷들이 한 번에 오케이 사인이 나서 예상보다 훨씬 빠르게 촬영이 종료되었다. 아쉬운 점이라면 NG컷이 거의 없어서 ‘메이킹 영상’을 만들기가 쉽지 않았다는 것.

순수하고 진실한 마음을 가진 대한민국 대표 꽃미남 원빈과 건강한 유러피언 베이커리 뚜레쥬르의 만남은 단순한 광고를 넘어서 세상을 더 따뜻하게 할 것이다. 8월 8일부터 온에어된 새로운 TV광고와 함께 뚜레쥬르는 소비자도 직접 유니세프 기부 캠페인에 참여할 수 있도록 매장과 온라인을 통해 [마음 나눔 캠페인]을 진행 하고 있다. (www.tlj.co.kr)

******************************
製作後記:ウォンビンの本当に気持ちを込めた広告

‘にせ物’でない‘本当に’に対して話してトゥレジュル“本物はおいしい”キャンペーン オンエア

さらに元気な、さらにおいしいパンを作るトゥレジュルの心と内面まで美しいモデル ウォンビンの本当に気持ちを込めた広告

いつからか時代の話題で‘真正性’が浮び上がり始めた。 大衆は包装された虚像を信じないで、広告の中で出てくる誇張された表現にだまされなくて、言葉と行動が一致しない場合びしびし批判する。 各種オーディション プログラムと同じリアリティー放送に対する大衆の熱狂は‘真正性’に向かった彼らの欲求を見せる一例で見ることができる。 表面に見えられることより中に内在した本物の実力に熱狂することだ。 消費形態も同じこと、商品の包装やサービスは基本で、原材料から過程まで考慮して本当に品質を選び出す消費者が増えている。

新しくリニューアルしたトゥレジュルはこのような‘真正性’をベーカリー業界で一番最初にコミュニケーションを試みたブランドだ。 原材料から他の小麦粉、天然発効種、パンが作られる過程を顧客の目で見ることができるオープンキッチン、そして毎日毎日売り場で焼いて新鮮なトゥレジュルは工場式で印刷して美しく包装するその他フランチャイズ ブランドとははっきりと差別化される。

今回のキャンペーンの企画意図は元気でおいしいパンを作るために努力するトゥレジュルの‘真正性’を消費者らに伝達しようと思った。
ちょうどトゥレジュルのモデル ウォンビンがユニセフ特別大使として見せた真心に充ちた活動は何が真正性かを見せる良い話の種になった。

広告は東ティモールで子供たちと共にするウォンビンの姿で始まる。 愛らしくて切ない目つきで子供たちを眺める姿が見られた後、パティスェのていねいな手でおいしそうに焼くようになるパンの姿が見える。 子供たちに向かったその目つきでトゥレジュルのパンを眺めてウォンビンが話す。 “元気なパンのため本当に心が感じられます。 本物はおいしい”

実際ウォンビンは広告選択において非常に慎重な姿を見せることで有名だ。 出演する広告選択にも‘真正性’が感じられるブランドかを考えると直接話したことがある。 外見だけ派手な瞬間的にスターでない率直で思慮深い面目(容貌)を新たに発見することになる。
徹底した保安の中で撮影がなされたにもかかわらず、江南(カンナム)駅売り場はウォンビンを見るために駆せ参じた人々を統制するのにステップらの苦労が激しかったという後門(後聞)だ。 また、撮影が始める前までは静かに座っていたウォンビンは大韓民国最高の待遇を受けるスターらしく、キューサインが入るやいなやトゥレジュルの元気なパンを自然に吟味した。 ほとんどすべてのカットが一度にOKサインが出て予想よりはるかに早く撮影が終了した。 惜しい点ならばNGカットが殆どなくて‘メーキング映像’を作るのが容易でなかったということ。

純粋で真実の心を持った大韓民国代表美男ウォンビンと元気なユーロピアン ベーカリートゥレジュルの出会いは単純な広告を越えて世の中をさらに暖かくするだろう。 8月8日からオンエアなった新しいテレビ広告とともにトゥレジュルは消費者も直接ユニセフ寄付キャンペーンに参加することができるように売り場とオンラインを通じて[心分け前キャンペーン]を進行している。 (www.tlj.co.kr)


자료출처(資料出処):뚜레쥬르 공식 트위터&tvcf.co.kr
*翻訳文は自動翻訳意を使用しています。

아름다운 청년, 원빈

今日は良いお天気・・・。
でもちょっと風が強くて外はやはり寒いです。
家族はそれぞれの用事で外出・・・
久しぶりにのんびりとパソコンに向かってネットサーフィンです。
ビンニムのニュースいろいろ出ていますね。
次回作のお話、CFのお話・・・たくさんありました。
やっぱりみんなが注目するようなビンニムの良い話題を見つけるととても嬉しいなぁ~。


さて、今日のテーマは温故知新
「はぁ~???温故知新?何それ?」なんて思っていませんか?(爆)
古きをたずねて新しきを知しるっていう意味の四文字熟語のあれです・・あれ。

たまには最新ニュースだけを追うんじゃなくて古いインタビュー記事なんかを読み返すのも楽しいものです。
時間がたって読み返すと当時とはまた違う感覚が生まれたりして・・・。

それでは今日は2002年5月ビンニムがBvlgariBrilliant Dreams Awardの受賞で来日した時の様子が描かれたこんな記事のご紹介をします。この記事が書かれた当時、あたしはまだパソコン初心者だったので、韓国語で書かれたこの記事を物凄く大変な思いをして翻訳して読みました。最近翻訳をし直したので以前よりは少しだけマシな翻訳文になってはいると思いますが、所詮翻訳機使用・・・やっぱり表現が変なところもあるかな。

まっ、お時間と関心のある方はあたしの温故知新にどうぞお付き合いください。

아름다운 청년, 원빈(美しい青年、ウォンビン)-2002.Vogue Koreaより
Brilliant Dreams Awards授賞式2002年5月21日

ウォン・ビンが 'ブルガリー(Bvlgari)'のブリリアントドリームアワード受賞者に決まった.そして授賞をのために日本で送った何日の間,彼は私たちが長い間競争してやきもち焼いた一島国の女達を一気に自分の追従者にした.

仁川(インチョン)国際空港は朝から熱気で膨張している。 ワールドカップで保安にいっぱい緊張したためなのか空港職員らは通常の時より冷静な表情と厳格な態度で検問ロボットのように行動したが、そのような渦中でも発券フロントの若いスチュワーデスらは胸のときめきを隠すことができなくてひそひそ話した。 "ウォンビンがくるんだって? いったいいつくるんだろう?"招待されなかった演芸TVのカメラマンらと情報を入手した一端の女の子たちもいらだっているように彼を待っている。 あたかも空港全体が彼を吸い込むようにあちこちで'ウォンビンはどこにあるだろう?'と。つしわがよって台なしになったキャップにその小さくてやや黒い顔を隠したままどじょうのように出国対を抜け出る。 '私は彼とビジネス ラウンジで簡単なティータイム ミーティングを持つ、ひたすら私だけがウォンビンを独占したまま悠々とエスプレッソ コーヒーを飲んだ後ボーディング ゲートで歩いて行けば良い。'これがこの静かなわめきを観望する私だけのシナリオだったが、予定になかった彼の007作戦で甘いティータイムは失敗に終わった。 だが問題ない。 どうせ2時間後ならば私たちは一チームになるから。
ウォン・ビンが日本の R&B グループケミストリーとともにイタリアの世界的な宝石ブランド 'ブルガリー(Bvlgari)'の 2002年ブリリアントドリームアワード(Brilliant Dreams Award)の韓国の方受賞者に決まった時,ファッションチームの一記者は人妊娠中であることを惜しんだ (周囲で止めなかったとすれば臨月の身で飛行機に乗る態勢だった).インタビューはもちろんカメラの前に乗り出すのを憚るひどくも内気なこの青年とお供する機会と言うのは,ワールドカップ開幕式 VIP チケットを得る程難しい事だから.1年前くらいだったのか.暴雨が零れ落ちるある日の夕方,178センチメートルの黒くて堅い青年が大きい目をきょろきょろ見回してスタジオに入って来た.マネージャーは '彼とインタビューしにくいこと'と曖昧な情報を流したし,私はもう流布したいろいろのデマに押さえ付けられて昨夜に昨夜に彼が試験官で主観式数学試験を受けて一文字も書くことができないぞっとする恐慌状態を経験していたところだ。
しかし実際会ってみたウォン・ビンは下手なごろつきも,不作法な未熟児でもない礼儀正しくて感性的な青年だった."食事しましたか?" "なぜです?お腹がすきますか?" "いや,私は大丈夫なのにお腹がすいているようで." そしてたまに電話で暴雨の中に彼を待つ故郷友達をなぐさめて,暖かい牛乳みたいなほほ笑み,土ぼこり立ちこめるようだった故郷の話を聞かせた.'口下手の中の真実'という話の意味が初めて分かった。

そして今日,お供したスタッフ中の一人は彼に今夜には星が零れ落ちる '温泉'に行こうと,銀座の居酒屋でさけと鶏砂肝を楽しもうとけしかけたが,彼は相変らずひょろ長いほほ笑みだけする.成田空港は仁川国際空港の隠された熱気とは全然一変だった.ウォン・ビンの日本側エーシェンシーである堀プロダクション担当者が近付いて止めて叫んだ."気を付けてください!空港外に 5百名の群衆が雲集しています.ウォン・ビンボディーガードが護衛してくれるつもりです.パトロールカーが用意しています." あの時だ!ウォン・ビンは怖がったいっぱいつまみ食いをしたマウスみたいな顔で成田空港を全力疾走し始めた.やっと私は直感した.日本で彼との同行が '雲の中の散歩'ではない茨の道のサバイバルになるつもりというガール.赤んぼうからおばさんまで年齢帯を超越した貸し付け台がウォン・ビンのプラカードを持って突進して, 無線機も,ガス銃もないこの修羅場で,これから私の任務は映画斜線での女ボディーガードルネルソーと違うところないというの."あらら,走ろうとして恥ずかしくて酷い目に会いました." 恥ずかしさと警戒心が入りまじてはやく一人だけの空間に脱走してゲーム三昧境に陷りたい彼に,日本の女性二人が遂にホテルエレベーターまで追って来て薔薇の花束を差し出した.

ウォンビンは現在日本丸井デパートの広告モデルだ。 "ウォンビンさんは現在のトップです。 韓国の男俳優がこのように人気を呼ぶのは初めてです。"堀プロダクションの岩永サトシ、ククチェ部長が話した。 彼が年上の女性を愛する反抗的な田舎青年で分限ドラマ「コッチ」はすでにビデオ ショップでベストセラーで、本格的にウォンビンの顔を知らせた韓国・日本合作ドラマ<フレンズ>は日本TBSを通じて6月初めにもう一度再放送されると、空港で会ったある日本女が耳打ちしてくれた。 その日夜日本MXTVでは「秋の童話」が'Autumn in My Heart'という題名で放映された。 次の日彼に'ホテル部屋で一人で何をして過ごしたか'でしたところ彼も「秋の童話」を見たんだ。 "日本語と韓国語、音声多重で放送したこれを.本当におもしろく見ました。 感慨も新しくて。"ドラマ「コッチ」の詰めの撮影の時会った彼は、「秋の童話」出演がすでに決定された状態だったが、配役に一抹の好感度ないように見えた。 MBAを終えてゴルフは水準級で打つ貴公子スタイルは、大衆の目と耳を迷惑させるには十分なトレンディーキャラクターだったが江原道(カンウォンド)旌善(チョンソン)で'生まれ育ちザリガニ捉えた'彼には自分の欺瞞的だった形だ。 「秋の童話」以後彼はあたかも純粋の自我に傷ついた青年ウェルテルのようにメディアの照明を避けて通った。 誇張されたモーション、感情過剰に表現された彼のメロ演技は少女らをそわそわするようにさせたが、しばらくショープログラムでは滑稽な'個人技'の素材で使われた。

今、彼の黒い瞳孔はその間の数多くの気がかりなことを隠喩している。 "本当です。 私は人々がなぜ私が好きなのか分からないです。 本当に変なことは…演技は私が分からなかった私を知っていくとても個人的だったものだが、私は一度も私がまともに習えと感じたことないのに…このように足りない私に、なぜ人々が拍手するのか。"彼はあたかも<キラーらのおしゃべり>の末っ子ハヨンが兄らの前で'愛論'を展開する時のように夢幻的な語り口で話した。 それはこのような形の隠密なコミュニケーションを良くて死にそうだという表情で楽しむ私の催促も、すなわちあのイタリア大使館(ブルガリ、ブリリアントアワード授賞式行事がある所)に駆せ参じてはねられていくように互角にフォトライン前に前進する日本プレスらの取材エクスタシーも知ることしない観照の目つきだった。

その日夕方蝶ネクタイをしたおしゃれイタリア大使ガブリエルメネがティ(Gabriele Menegatti)が 'コリアンスターウォン・ビン'を名を呼んだ時彼はベルサチェホワイトシャツとアルマーニブラックスーツを着てアジアの王子のように登場した.以前受賞者である金城武も中田もローマで特殊製作したというブルガリー鼻でもリングシルバートロフィーを持った私コリアンスターウォン・ビン位生き生きしく輝いただろうか.授賞式が終わると純粋ながらも派手でロマンチックながらも同時に未来指向的なこの青年ニンフは日本プレスたちの包囲網に完全に閉じこめられたまま,静かに忍耐心強いほほ笑みをしている.しかし以内 "プレンズ撮影する時話をしてくれ!" "俳優としての目標は?" "日本ドラマにはいつ出演するつもりですか?" "尊敬する日本俳優は?" "分かる日本語は何ですか?" 急な砲撃に荒てた草原の新馬のように,匿名の旅行を楽しもうとしたが、むざむざ狩りの焦点になって苛立たしい顔で彼が胸を打つ「私を知ってますか?私はテロリストをみて俳優の夢を育てた山里の青年であるだけです.その時は俳優が何やらも知らなかったです.ありがたいが,私はただシナリオと任天堂ゲーム機さえあれば充分です.もうそれ位にして私を放してやってください!」-その中のガーディアンスピリットがテレパシーを送った.

夢と未来の希望を植えてくれる若いと芸術家たちがブリリアントドリームアワード(Brilliant Dreams Award)の栄誉を増えない今年はウォン・ビンと日本の R&B グループケミストリー,コンダクターとの 'オペラプロジェクト'が選定された.プレスたちに取り囲まれたウォン・ビンと彼と競争した(?) ブルガリーの幻想的な 241カラットダイヤモンドネックレス.

フロア一方には 74回アカデミー授賞式でニコルキドモンが着したブルガリーの幻想的な 241カラットダイヤモンドネックレスが '私をちょっと見ます!'という顔で威容を威張っていたが,ウォン・ビンが席を外すまで誰もこの 50億のダイヤを注目することができなかった.私たちは大使館 2階に用意された彼のための特別ルームで身を避けた."韓国語でものを言える人といるということは本当に良いですね." バルコニーによって 2時間後に開かれるブルガリー VIP パーティーのための野外舞台を眺めて彼が上気した顔で話した.'あなたが誇らしかった'と私はくたびれた彼を慰めた.夕陽が彼の鼻筋の上に落ちて冷ややかな陰影を作った."本当に,心臓搏動が聞こえるほど震えました.…男の美しさに対してどう思うのか,そんな式の抽象的な質問は本当に難しいでしょう?." 午前にあった日本の 'VOGUE-M'インタビューに関する惜しさ。しかし仕事ワールドカップに対するメッセージとドラマせりふを引用した '夢は必ずかなう'と言うメントはとても印象的なものだった.

私たちは母国語で話すことができるという単純な事実に感動して、新しく始まる彼の映画に対して、夢に対して興奮して無駄口をたたき始めた。 "十才の時からテコンドー、格闘技をしました。 運動をやって選手にならなければならない',しかしある日来てみると道場がなくなったのです。 何をしなければならないが、わからなくなったんですよ。 それで自動車好むからカーレーサーしよう、したがトラックの上では最高だが展望がないでしょう。 さまよった中に高等学校の時の友人らと映画見て決心しましたよ。 'そう! 私は運動が上手だからアクション俳優といえばなる'で。"だが、本来仕事をすることになった時は'夢をかなえたという感激'より'私は果たしてどんな人なのか'と苦しい自問が続いた。 "本当に分からないですから。"

まだ彼はドラマ 「コッチ」を一番惜しむ作品として指折る."田舍で育ったアウトサイダーごろつきミョンテは一番似ている人物です.彼の成長期に憐愍を感じたし,胸が本当に痛かったです.私がを通じて人々に何を与えることができるか,それはまだまでも分からないが,ただ私の胸が痛かったように人々もどんな純粋な感情を経験することができたら良いです." 彼は人匂いがする演技をしたいと言ったし,それで次の作品は 6.25を背景で二人の兄弟の運命的葛藤を描いたカン・ジェギュ監督の <太極旗飜って>を選択した.マネージャーは 'カン・ジェギュ監督がミーティングで家へ行って話したら,ワイフがウォン・ビンを今すぐキャスティングしなさいといったとした'と手伝った."「キラーたちのおしゃべり」のように兄さんたちとの映画が良いです.今度はチャン・ドンゴン兄さんとするのに,そんなにハンサムな人と演技する考えをするから… 本当に照れくさいです." 赤んぼうのように笑って彼が言った.'どの女優と演技したいか'という質問に '彼女が出て演技したくないこともあるでしょう'と言う理由で遂に返事を避けた,1年前と相変わらず自らにけち臭い彼(しかし私たちは是非彼とチャン・ドンゴンが一フレームによく登場しないように願うだけ!).
そして今でも電話して'ご飯食べたか'だけ尋ねる彼のお母さんと家族、彼が好む兄らと、胸に大事に保管したアクションに対する夢、一生スターシステムは手にあまるという彼の内省的気質に対して話した。

歓声は消えて真剣で暖かい目つきだけが野花のように繊細に感性の紋らを胸に刻んで入れたし、フォトグラファーと私はすでに暮れてしまった空を背景にこの純粋な自我を大事に保管したダヴィッドとチョン・ギョウン記念写真を撮った。 スターに対するインターナショナルある有名税と前に彼が体験するべきこと、公認としてのいくつかの権利と義務に対して自身が表現できる言語よりはるかに濃度濃厚に悩んだその日夕方の魂疲れてだるかった瞳. 彼の目つきは江原道(カンウォンド)抑揚が溶け込んだ一点偽りない清潔な声とともにいくらかの沈黙で自身の感情を表現した。 そしてまた夜遅くまで続いたブルガリ招請パーティー、日本文化芸術界のVIPらが参加したレセプションで彼は一層余裕ある姿で彼らといちいち握手を交わした(ブルガリでそのためにプレゼントしたスポーティーな時計を手首にまいたまま). そして優雅なドレスを着た日本指揮者セイチ小沢(彼は今回の行事でウォンビン、ケミストリーとともにプロジェクト部門に賞を受賞した)の娘とシャンパンを分けて、'ブラボー、ウォンビン'をささやくために分からないように待機している数多くのハイクラス女たちの行列を突き抜けて草々が彼だけの空間に離れた。 彼が日本で送った何日は彼の人生に最も奔走して戸惑った日に記録されるだろう。 だが、この何日の間ウォンビンは私たちが長らく競争して探求して嫉妬したある島国の女たちを一気に自身の追従者にした。


・・・・長いのにお読みくださりありがとうございます。
かつてのビンニム、そして今のビンニム・・・
年月によって変化するもの、どんなに年月が過ぎようとも変化しないもの・・・。
読み終わったとき、あなたはどんな感想を持たれたでしょうか?
少しでもウォンビンという人の変わらない人柄を感じて頂けると嬉しいなぁと思います。
では今日の1曲は2002年に発売されたBOO HWALの♪Never ending story♪です。
こんな歌詞が素敵です^^

クリウォハミョン オンジェンガン マンナゲデヌン
그리워하면 언젠간 만나게되는
恋しがったら いつかは会える

オヌ ヨンファワ ガトゥン イルドリ
어느 영화와 같은 일들이
ある映画と同じようなことが

イロジョ カギルル
이뤄져 가기를
叶っていくように

10月のタイプスリップ

10月になりました。
あれだけ暑くて暑くてと言っていたのが嘘のようです。
道端にきれいに咲くコスモスを見つけました。
もう秋ですね。

ビンニムも今、秋を感じるところにいるのかしら?
10月7日に開幕する第15回釜山国際映画祭に映画「アジョシ」が公式招待されたので7日の開幕式典に出席するまでは撮影のお仕事かな?
そろそろカレンダー撮影のシーズンでもあるしね。今頃どこにいるのかな?

先日職場の同僚が箱根に行ってきたとおいしいお饅頭を下さいました。
お饅頭を食べながらふと箱根かぁ~・・・と、ビンニムを思い出しました。
28daysのDVD箱根で撮影したんだっけ・・・。

ことしビンニムは34歳ですから、28daysのDVD撮影はかれこれ6年も前のお話なんだね。
そんなに月日が過ぎたなんて・・・何だか嘘のようです。

28Day'n year wonbin」はロケ地、写真セレクト、構成、デザイン、紙選びまで、ビンニムが自らかかわって制作されたDVDです。チェコ、日本など写真集制作に費やした28日間の旅で、ビンニムは28年の人生を振り返りながらいろいろなことを語っていました。
DVDとともに制作されたエッセイ集、あたしは2冊持ってます(爆)
一冊は手元に置いていつでも読めるように置いてある普段用、もう一冊は手あかのない保存用(爆)

来月11月19日にビンニムは誕生日とプライベートDVD&フォトブック発売を記念してファンミーティングを開催してくれます。
その前に今日はちょっとだけタイムスリップ・・・。
懐かしいビンニムの姿を思い出しながら、6年前の10月14日に行われた「28Day'n year wonbin」制作発表記者会見の懐かしい記憶をたどってみようと思います。
ビンニムの言葉を読んでいると今と変わらない彼の思いと、あの時は思いもつかないその後の出来事が浮かんできます。
来月34歳のビンニムは、いったいどのような言葉を残してくれるのでしょうか?
今、同じ質問をされたら、ビンニムは何と答えるのでしょう?そんな想像をしながら読んでみるのもいいかもしれませんね。

(2004/10/14)28Day'n year wonbin制作報告来日記者会見
皆様、お会いできて嬉しいです。
お忙しい中来ていただいてありがとうございます。
日本で写真集を出すことになりましたので、愛情をもって見守っていただきたいと思います
   
Q.今回の写真集で自分から何かリクエストをしたことはありますか?またこんな所を見てほしいというところはありますか?
W.今までは“写真集”という言葉通り、写真中心の作品が多かったのですが、今回は、20代の自分の姿と歩んできた痕跡を含めた完成形をすべてこの本に載せようと思っています。今までお見せしていた俳優ウォンビンだけではなく、自然な姿もお見せできると思います。TVやマスコミを通しては見られない姿をお見せできると思いますし、そういう自分を見て頂きたいと思います。

Q.今回、初のエッセイ集ということですが、エッセイの内容はどんなものになるのでしょうか?
W.僕は20代ですが、20代を生きて今、自分が生きているこの時代で感じたことやその時に感じてきたことを表現したいです。子供の頃の生活などもこの本ではお見せしたいです。

Q.DVDも発売されますが、ウォンビンさんご自身はどんな映像を見せて行きたいとお考えですか?
W.DVDの制作に関しては制作チームとずっと話し合いを重ねてきましたが、たぶん今までの出演作品をお見せできるのと、自分の趣味、完全にプライベートな部分もこのDVDの中で紹介出来ると思います。そして、この写真集を制作する過程をメイキングとして載せます。今までのウォンビンとは違う飾らない素直なウォンビンをお見せできると思います。

Q.成田空港で1000人のファンが集まり、中には感極まって泣いている方もいました。そのような状況を見てウォンビンさんはどう思いましたか?
W.日本に来るたび感じることなのですが、ファンの皆様には本当に感謝の一言につきます。今回日本に来る前に韓国で試写会をかねたファンの集いを設けたのですが、その時も600人以上の方がわざわざ日本からかけつけていただき試写会に参加して下さり、とても感動致しました。
毎回日本に来ても、僕は遠くに離れているので皆さんに何もすることが出来ませんが、いつもあたたかく迎えていただき本当にありがとうございます。

Q.号泣しているファンに関してはどうでしょうか?
W.先ほど申し上げたように本当に感謝の気持ちでいっぱいです。毎回あたたかく迎えていただくたび、ファンにお返しをしなくてはと感じます。そのお返しというのは、どういうことが出来るのかなぁといつも考えております。

Q.痩せられたように感じますが?
W.少し痩せました。映画の撮影をしていましたし、映画の撮影が終わったあとは舞台挨拶などで忙しかったからだと思います。最近は時間が出来たので、今まで出来なかった好きなサッカーなどのスポーツをしています。

Q.チャン・ドンゴンさんは6キロ減量、ぺヨンジュンさんは肉体改造で写真集の出版をします。皆様自分の体を強調していますが、ウォンビンさんは写真集に向けて肉体を気にしましたか?
W.必ずしもそうではありません。写真集を制作するにあたり、よい姿を見せたいという意識はありますが、今回は写真集のために痩せた訳ではありません。スケジュールがきつかったために痩せました。・・・痩せたのは変でしょうか?(笑)
Q: カッコイイと思います。

Q.随分と疲れているようですが、大丈夫ですか?ウォンビンさんは韓国で「花美男」「かわいい弟」などの色々なキャッチフレーズがあります。東南アジアでは色々なお仕事で活躍をしていますが兵役に行ってしまうのでファンはいつ会えるのか心配しています。現在はどのような気持ちでお仕事をしていますか?
W.兵役の質問がたぶん出るだとうと予想していましたが、やっぱり出ましたね。韓国の男性として兵役に行くのは当然なことです。しかし俳優として活動していますので、立場上、兵役に行く時期はとても重要ですし、団体活動をするということは今とは違う生活を送れて、よい経験になると思います。よい経験をして戻ってきたときは「かわいい弟」ではなく、男らしいウォンビンになっていると思います。

Q.ご自分で朝起きて鏡を見ると思いますが、鏡を見て「俺はやっぱりカッコイイ」と思いますか?一番カッコイイと思う顔の部分を教えてください。
W.おもしろい質問ですね(笑)カッコイイ人でもそうでない人でも必ず自分の顔を見て、「いいなぁ」と思う瞬間はあるという話を聞いたことがあります。寝起きの顔は寝ぼけていますから、自分で見てカッコイイと思うことはありません。普段、たまに鏡をみてカッコイイと思うこともありますし、変な顔だなあと思うこともあります。自分の顔を気にいっているかどうかと言われると、気に入らないですが、顔は自分の心を反映するものですから、顔を美しくするというよりも綺麗な心を保ち、磨きたいとおもっております。

Q.スポーツにはまっていると言われましたが、その他に何かマイブームはありますか?
W.今、自分がはまっているといものはありません。映画が続きましたのでとても忙しく、時間がなかったのですが、今は少し時間が出来たので、今までの自分をもう一度振り返って次の作品のために自分の時間を持ちたいと思います。これから自分が神経を集中したいと思うのは今回の写真集だと思います。

Q.ハリウッド進出の噂がありますが?
W.今、初めて聞きました
エッセイの中で幼少時代のことを書かれるとのことですが、ウォンビンさんの幼少時代を一言で言うとどんな子供でしたか? とてもイタズラっ子でした。両親の言うことを聞かず、町の中でもいつもイタズラをしている子供でした。

Q.今後の活動予定で何か具体的に決まっていることがありましたら教えてください。
W.今はまだ具体的なことは何も決まっていません。とりあえずはこの写真集に全力投球するつもりです。写真集が終わってからその後のことを考えたいと思います。
先日、イ・ビョンホンさんが来日された時に自分の好きなポーズをされたのですが、ウォンビンさんもお気に入りのポーズが見せてください。 今、座っているポーズが一番好きです(笑)

Q.今回は今までみせていない素顔を見せるということですが、具体的にはどんなことを見ることが出来るのでしょうか?例えば水着とか?
W.具体的なコンセプトが出来上がっているわけではないので、今は申し上げにくいのですが、今まではTVや写真を通して見せてきたウォンビンは、きちんとメイクをし、髪も整え、かっこよく見せる姿が多かったのですが、今回はそのような形ではなく、自分の半生や心がしっかり現せるようなエッセイにしたいと思います。

Q.以前出演された映画「ブラザーフッド」は朝鮮戦争という重いテーマを取り上げていましたが、今後もそのような社会性のある作品に出演されたいと思いますか?もし、出演するならば、どのようなテーマのものに出演されたいですか?
W.どんな映画でも重い、軽いではなく、その映画の中に愛という表現が入っているものがいいと思います。愛の表現は家族愛、兄弟愛、男女の愛、何でもいいのですが、テーマに“愛”がある映画に出演したいと思います。

Q.以前、フレンズというドラマで深田恭子さんと共演されましたが、日本の女優さんで共演してみたい方はいますか?
W. 具体的な名前を挙げて共演したいということは言いにくいですが、日本にはいい女優、俳優さんがいらっしゃいます。以前、日韓合作に出演したことがあるように、どの女優、俳優さんとであろうと、いい作品であればまた合作にも出演したいと思います。

Q.今、日本では韓流ブームとなっています。ウォンビンさん含め、四天王と言われる人たちがいるのですが、ウォンビンさんはそのように日本で韓流ブームが起こっていることはご存知ですか?
W.韓国の新聞で、日本では四天王と言われ、その中に自分の名前が入っているということは知っています。その中に入れていただけるなら本当に感謝いたします。とても嬉しいことだと思います。

Q.ウォンビンさんはその中で誰が一番だと思いますか?
W.皆さん素敵だから四天王と呼ばれているのではないのでしょうか?

Q.ウォンビンさんはお顔が大変美しいですが、一番素晴らしいのは俳優としての才能だと思います。天から与えられた職業をされていると思いますが、どうして俳優を目指されたのでしょうか?また、目標としている俳優さんはいらっしゃいますか?
W.そう言っていただき本当にありがとうございます。目標としている俳優ですが、私にとって全ての俳優さんが素晴らしいものを持っていると思いますし、尊敬しています。それぞれの俳優さんから見習うべきところがありますので、全ての俳優さんが目標です。なぜ俳優を目指したかというと、人間は生きていく中で現実では自分の感情を全部さらけ出すことは出来ないですが、役の中では持っている感情を吐き出し、全てを表現することができます。それらの経験により、自分とは全く違う他の人生を経験することが出来ます。そのようなことに魅かれ、俳優を目指しました。

Q.全ての作品を拝見させていただいております。どの作品も見事にその役を演じていますが、どのように役作りをしているのでしょうか?またプライベートのウォンビンさんと一番近いと思われる役はどの役でしたか?
W.私の場合、まず台本を一生懸命読むことです。そして私はとても台本に忠実な俳優だと言えると思います。台本に忠実であることにより、作られたキャラクターというものが生きてきて、しゃべり方など演技が自然に出来るようになっているのだと思います。今までそんなに多くの作品には出演した訳ではありませんが、一番記憶に残っていて、自分に一番似ていると思っているのは、日本ではあまり紹介されていないので、皆様はご存知ないかもしれませんが「コッチ」というドラマです。その中でミョンテという正義感が強く、家族を愛している純粋な人の役を演じたのですが、その役が一番自分に近いのではないかと思います。



Kiss - Because I'm a Girl

THE DECISIVE MOMENT(決定的な瞬間)

とある韓国版の雑誌6月号にマザーのホン・ジュノ監督とご一緒の記事&写真が出ていました。もちろん韓国版なのですべてハングル・・・
雑誌を購入しましたが写真を見るだけではなく、私はぜひここに記事に何が書いてあるのか読んでみたくなりました。
本の中に書かれているハングルを読みとることは私にはできません。でも、いろいろな手を尽くして何とかへなちょこな文章ですが訳してみました。
言葉がおかしい部分も多々ありますが、雰囲気くらいは伝わるのではないかと思います。
「THE DECISIVE MOMENT」と題されたこの内容から、今のビンニムの姿を垣間見ることができます。
有名な俳優でありながら、いつもどこかに不安と自信を背中合わせに抱えているビンニムの姿・・・。
彼の仕事への思い・・・などなど伝わってくるものがありました。
姿の美しさだけではなく、書かれ文字に触れることでまた違ったビンニムを知ることができるような感じがしました。
拙い翻訳ですが雰囲気だけおすそわけです^^


[THE DECISIVE MOMENT]

ホン・ジュノは巨体にくせ毛,赤い顔に銀ぷくりんめがね,ぬえ的であるジーパンに土がついた黒靴をはいている.労動者スタイルの鋭敏な芸術家で責任感とともに不安を勝つために少量のユーモアを駆使する.一方で編集狂的で賢くて何より真実だ.ウォン・ビンは今の時代の彫刻家である経絡マーサ支社の手でもたらしたように白くて小さくて輪郭が鮮かな顔,纎細に染め付けされたブラウンヘア,漢字がマトリックス暗号のように下がったティーシャツ,スキーだからパンツ,チォリをはいている.オリジナル花美男,オリジナル寒流スターだが李ジュン期やベ・ヨンジュンのように商業的なほほ笑みやジェスチャーには下地がないし,ぎこちないことを勝つためにタバコを勧めて水を飲む.二人は一番遠くある存在でマザーという映画ではなかったら一生会わなかったかも分からない.

ホン・ジュノみたいな監督も珍しくて,ウォン・ビンみたいな俳優も珍しい.ホン・ジュノはただ二本の映画でスチーブンスピルバーグスケールの汎国民的な鬱憤とスリル,ヒューマニズムと父性愛を引っ張り出したスペクタクルな ‘国民監督’であり,ウォン・ビンは秋童話以後,その輝く美しさをただ一番(回)も映画的メロ商品で低価販売しないまま,戦争と試練の中で鬱憤の ‘国民息子’で成長したばか正直な映画青年だ.今までホン・ジュノ監督の映画に ‘美少年’と呼ぶに値するキャラクターは登場したことがないし,代表作である殺人の思い出化け物も足りないように奥深い ‘父性愛’を見せてくれるお父さんの映画だから,お母さんの息子で ‘母性愛’を噴出させるウォン・ビンの登場は驚天動地する事件なのが明らかだ.隠れている怪力の知能犯 ‘火星連鎖殺人犯’を追うソウル刑事と田舍刑事の同業のように,姿を現わした巨大な連鎖殺人犯 ‘化け物’に対抗するお父さんと娘の死闘のように,‘肉の濡れ衣’に抗命するママと息子の複式組(錯乱に近い母性を見せてくれるキム・ヘジャと低能に近い純粋であることを見せてくれる息子)はもう一度心臓を搖るがす映画的大震災をプレゼントすることができるか.映画の中でマザーのママキム・ヘジャは息子ウォン・ビンに言う.“お前は出なければ.” このように不可解で純正なせりふがあり得るか.ママに息子と言う(のは)どんな存在だろう?自分の腹の中で十月を育てて送った理性.‘私は君がなれなくてお前は私がなれない’と言う分離の覚醒,厳正な肉体的分別と限界に挑戦するために映画は駆け付ける.‘お前と私を引き継ぐ見えないへその緒’を手に握って.監督はウォン・ビンの目とキム・ヘジャの目,山葡萄のように真黒い目,じっと眺めれば魅入ったように吸い込まれる帽子の目,男女の目にこの映画の核心があると言った.

“お前は出なければ.” 私はウォン・ビンの目を向い合って座って腹話術で吟じて見た.するとこの男の目で只今生まれた幼いけだもののへその緒,その暖かくて断固たる生命感が痺れるように手先と伝わって来た.このようだか.お決まりで言えば嘘つくことができない目.草原の上の日の光とトラフの上の暑い長さを懐かしがる草食動物の目,マネの笛吹く少年やパブロ・ピカソの道化役者少年のようにどこかを眺めるが,どんな所も見ない超現実的な目,農夫の目,ソモルが少年の目,バイコの目,腕力を拒否する力が強い目,誰かを償つけて見た事がない目,屠殺場の前で後退りする少義目,統制するのも統制あわない目,永遠に大衆の歓呼に手懐けられない目,手懐けることができない目,俳優の目,ドズンイの目,ウォン・ビンの目.その暴風の雪.その目に監督ホン・ジュノのカメラの目が重なる.ホン・ジュノが作った映画の中でブラックホールのように人々の心臓を吸いこんだ永遠な未完の容疑者朴津波の雪,誰もつかまえることができなかった刑事ソン・ガンホの目,雨の中ではやく逃げだしなさいと手真似するお父さんビョンフィボングの目,どうしても暮すことができると信じる子供孤児性の目.そのすべての目たちの集合体として同心円みたいなウォン・ビンの目.さざなみである湖の目.

“私はそのまま車路の隣で犬と遊びながら友達と話すのに,ママが私を見ます.究豆で何かを切っているのに,ママの目は刃ではなく私に向けています.物価に出した子供のように,私が映画でそうです.そんな私がママの爆発を引っ張り出してくれる雷管だと,監督様が言いました.” 永遠に閉まっているようなウォン・ビンの口が 7年ぶりに開かれた.それはぴりっとして神秘であるよりとてもスムスムして自然だった.彼とは三番目対面だ.2000年ドラマ取っ手が終わった日,嵐打った夜に会った.握手を請じたし,私にお腹がすいていないと問ったし,増える “ご飯は食べて通うのか?”と問うという田舍のママの話をした.取っ手の明太に比べてすぐ入って行く秋童話のテソックというキャラクターが派手すぎて心配とも言った.二番目は 2002年日本のイタリア大使館で開かれたブルガリーアワード行事であった.その日日本ファンに包囲されたままホテルのベッドに一緒に腰かけて私たちは ‘寒流の感激’を分けたし,彼はすぐ撮影に入って行く太極旗フィナルリミョで一緒に出るチャン・ドンゴン兄さんがとてもハンサムで心配だと言った.あの時も,ママの話をした.“ご飯は食べて通うのか?”は相変わらずのリフレーン.入り日を後にして記念写真を撮る時彼の瞳に本赤道ない彼のママの瞳が重なったように見えた.

13年前江原道山里で二十の歳末っ子息子をあげて送るママの心はどうだったろうか?“春川からソウルで無窮花号汽車に乗って来ました.何も分からなかったが俳優になるつもりという意味を抱いて来ました.” しかし 6ヶ月の間する仕事なしに座っていてお姉さんが渡したケーブル放送のオーディション広告を見て初めて俳優仕事を始めた.そして JBS ドラマアカデミーというまあまあなケーブルシリーズ物で延期受講生役にちょっと出演したお上りさん青年はやや過ぎて KBSでいきなりスカウトされたし,主演級俳優になった.長い髪飜って純情マンガで突然飛び出したようだった青春ドラマグァンキ(1999年)を経って,髪の毛押して制服ボタン解いてのらりくらりする田舍純情派ごろつきに出たドラマ取っ手(2000年)であっという間にウォン・ビンの黄金時代が開かれた.そして迫近型とユンヨゾングとパクジヨンとイ・ヨオンなどがアンサンブルに出演した男らしい家族敍事劇でウォン・ビンの見せてくれた延期は今も不可思議だ.例えばかん難のようなシナリオが立派な時代劇で子役俳優たちが状況に童話されてお目見えする取り付かれた透明な延期,例えば卑劣な距離(通り)や映画はヤングファダのように作家株の監督たちが未完の青年性を質料で物理的極限まで寄せつけた時出る花美男俳優の沒我の延期をウォン・ビンはデビュー初期取っ手という家族ドラマで見せてくれた.お父さん迫近型とお母さんユンヨゾングなどの一家が一緒にした田園日記スタイルの大家族食膳頭でくだらない問題で割れ目を起こすいたずらっ子息子ウォン・ビン,庭先でランニングシャツ願うことで逆起を持ち上げる可愛い閑良ウォン・ビン,かばんを横に抱えて女学生を戯れる青年ごろつきウォン・ビン,そして終局には連想の喫茶店マダム ‘おばさん’を恋慕して止めない機関車のように突進する美しい純情派男ウォン・ビン.あの時私は ‘どこであんな美しい化け物新人が出ただろうか?’と感嘆した.彼の口から出る ‘おばさん’という単語さえ愛した.“私は田舍に解いておけば自然に生存する力があります.あの時京畿道どこかだったが梨畑で梨花も咲いて美しかったです.神さまである時代だから大先輩たちを失望させてはいけないという考えに 50部作始終緊張をおくことができなかったです.あの時ミョンテはせりふも普通人が言うことのように口に付いて服も自由だったが…,秋の童話では私自らも面映ゆくて不慣れなせりふのため撮影始終ぎこちなかったです.” 彼がまたぎこちない顔をほころばしながら言葉を引き継いだ.ウォン・ビンに寒流の冕旒冠を着せてくれた秋の童話は,同時に “いくらならできるのに?”という誇張されたせりふでウォン・ビンの演技力を戯画化させた.“それでもテソックイが一女を愛して守ってくれようとする態度が好き,今の私をいるようにしたドラマというところありがたさが大きいです.”

コッチで見せてくれた延期的成就,秋の童話が成したスター性の成就で彼は敍事的な映画界に入城した.そしてその後でこれ以上ウォン・ビンの口で “いくらならできるのに?”類の馬草的メロせりふは聞くことができなかった.財閥 2歳のスーツは消えて軍服と制服とランニングシャツの時代,ウォン・ビンの ‘息子の時代’が始まった.“今まである映画が君の作品なのにすべて家族を扱ったのだったです.キラーたちのおしゃべりも 4兄弟話で,太極旗を翻してやうちの兄貴もそうで,今度映画マザーもそうです.あいにくにもそんな映画に心がひかれます.ロマンチックコメディーやアクション映画も皆好きだが,本当に私の話みたいで心を動かすのはやっぱり家族たちが出る作品だったです.” 太極旗を翻してで彼は柔順で無気力で話せない ‘唖’ ママの誇らしい二番目息子役を引き受けた.ママの希望と同時に兄さんチャン・ドンゴンの希望で家を起こす家父長の継承者.うちの兄貴では反対に雑草のように強くて毒毒しいママとそのママの希望である ‘三つ口’ 兄さんシン・ハギュンのため悲しみと恨みを噴き出す二番目息子役を引き受けた.お父さんが不在した所で ‘家父長’を修復しようとする新派的情調によった二本の映画は,すぎるほど無気力とか強靭な韓国型ママによって毀損された兄弟愛,誇張された悲劇的情調,古い家族主義の縫合で幕を閉じた.典型的なキャラクターのよろいを着ていたからウォン・ビンの演技はすぐれるとも足りない高も見られない,シナリオの充実なキャーリカッチャーで残った.ぼろぼろだった家父長時代,ヤンググックダンエソアドルの悲劇を演技する間ウォン・ビンの目は度が外れた圧力で充血した.もしかしたらウォン・ビンの真の ‘息子の時代’はマザーからかも知れない.無垢な生命体としての青年と年を取った女,衝撃的な肉の事件の前で圧縮されるとか膨脹される息子とママ.一戸中に住む二人の男女,彼と彼女ばかりの神経証跡なスペクタクル.

“何より監督様とキム・ヘジャ先生に感謝します.以前にはそのままシナリオにある人物を演技しました.ところで今度は元々私の姿,幼い時代私の写真と話みたいなのがシナリオにたくさん反映になったです.それで映画の中に何らの計算なく ‘純粋’と言う(のは)服を着てスウック入って行きました.シナリオも現場でずっと変わって,今度はどんなディレクションをくださるか怖じけて分かりたくて言葉で表現することができなく楽しかったです.”年を取れば輪郭が崩れるといえども,三十三ウォン・ビンの顔は驚くほど圧縮的で明瞭になっていた.“私は俳優として欲心が多いです.いまだに荒ながら真実な… そんな位の状態です.人々は秋の童話の中の私をもっと憶えているし,そのキャラクターに対する幻想を長続いているかも知れないです.本当の私を見ればがっかりするかも知れないです.実際生活で私は自らに対して魅力がないと感じてそれで自信感も不足な方です.それでキャラクターの服を着てスクリーンの中で延期を通じて格好よい人で生まれかわりたいです.” そして一生するようにスターシステムは手に余るはずだという彼の内気気質に対して話した.“私の家は 5兄と妹なのでそれぞれ他の方式でママを受け入れてそれを愛だと思いました.ママは私が俳優になったと言ってそれがすごいと気にならないでください.私はそのまま末の息子であるだけです.私が働く姿に対して一度も話した事がなくて,ママもそのまま ‘ご飯は必ず食べて通わなければならない’か ‘謙遜ではなければならない’と言うお話ばかりしてください.” まだ一人である映画を責任負う時ではないと,いつかは自然にそんな年に到逹しないと,自らにけち臭い,彼の目つきは江原道イントネーションが解けて交ぜた一点偽りない清潔な声とともに幾分の沈黙で自分の感情を表現した.


ボーグのために演出されたプロしたシューテング神さまで,恭しさとぎこちなさが解けて交ぜたインタビュー席で,そして意外に多くない彼のフィルモグラフィーを前に置き終わる美しくて真率な一青年の成長史を思った.5年間の空白の中でも萎縮しないウォン・ビンという巨大なブランドと純粋な自我をおさめたウォン・ビンという個人,そして家族の毛細管みたいなウォン・ビンという俳優に対して.アフリカガンビアでかけることは子供たちを胸に抱いた,巨大な元夕とも同じウォン・ビンという生命体に対して.彼は常に腕白みたいで,彼は常に静かだが,彼は常にときめいているし,彼は常に出発している.傷つければそのまま受けるようなウォン・ビンの目,言い訳という保護のかさがない目でホン・ジュノ監督は映画の原型を見た.いくら幸いか.?“私はオックウルハムという情緒が好きです.映画で俳優たちが悔しい顔をして,悔しい状況を取れば観客たちはスクリーンの中に跳びこんで解いてくれたくなります.殺人の思い出で刑事たちに拷問にあう純粋な変態容疑者や,化け物で “私の話も言葉なのにどうして聞き入れないaか?”と叫ぶソン・ガンホや,マザーでどうして私の息子が知った信じてくれるかとぶるぶる震える慧慈先生や.ところでウォン・ビンは悔しさを感じて抗言する存在ではなく悔しくなることができる宿命や原型みたいな存在に殆ど過ぎ去りました.それをスンジンハムだと言うか対策オブウムだと言うか.今まで大衆的に消費したウォン・ビンのみを見ている途中初めてウォン・ビンを見た時,この青年が江原道からソウルに来て俳優にならなかったらどんな生を暮しただろうか,を思い浮かびました.すると映画の中の人物がスウック出ました.無理やりに前歯を抜くとか点を付ける必要がなかったです.美しい子が馬鹿な姿で田舍に歩き回るのにそれがあまりにもリアルと見えました.” ホン・ジュノ監督は ‘ウォン・ビンは資格がある俳優’と言った.“私が延期を通じて人々に何を与えることができるか,それはまだまでも分からないが,ただ私の胸が痛かったように人々もどんな純粋な感情を感じたらそれで感謝します”と彼は 7年前私に言った。

ホン・ジュノとウォン・ビン,二人は一番遠くある存在であり,マザーという映画ではなかったら一生会わアンアッウルジも分からない.殺人の思い出と化け物と太極旗を翻してと私たちの兄さんは全然違ったあげくから駆けて来て ‘殺人犯の濡れ衣を着せられた息子’という突然変異を誕生させた.まさにウォン・ビンだ!水のように淡泊なキム・ヘジャを風吹く嵐の中に強く押すウォン・ビン.“情緒を搖るがす映画を作りたいです.まだ ‘ママと息子’という田舍帽子の話が映画的に成立になることができるのか,不安に震えているが.” 人見知りのひどいホン・ジュノは新しい映画を撮る度に以前より加えた不安と争っていると言った.“キム・ヘジャは偉い俳優で,ウォン・ビンは入り口で一方足を押しこんだ俳優であり,私は偉くなるあてがない人です”と不安のあげく達したホン・ジュノ監督は自己卑下的な冗談をした.“殺人の思い出の時は殺人犯が尋ねて来るか心細かったし,化け物の時は手におえにくい興行のため心細かったが,今度はこの映画が私に何も観客たちに何か,という根本的な質問のため心細いです.精神不安状態で一日一日をボティオガブニだ.心細くなければそれが心細くて,不安を忘れるために映画を撮って,映画を撮ってからはまた不安に震えるのですよ.” 面白くもインタビュー末尾にウォン・ビンも同じなものを言った.“私にしきりに質問を投げます.どうしてこんなに心細いのか.10台,20台,30代初には感じることができなかった不安が一体どこから来るのか.あくまで上がるとその不安が消えるか… しかし映画する間だけはその不安を忘れます.ご両親がいらっしゃる田舍へ行ってぶらつく時も不安が消えます.”

私は不安に震える二人の男が可愛くて可愛らしくて何より真実に感じられた.もしかしたら今やっと初めて花美男のぞき見症という ‘ギルティフィーリング’ なく,私たちはスクリーンで美しい青年の顔をまともに見られるでしょう.スリラーアンサンブルの鬼才ホン・ジュノのカメラの目が創造したさっぱりするようにとけたウォン・ビンの目とレーザーを吹き出すキム・ヘジャの目!

원빈, 유혹에 흔들리지 않는다

원빈, 유혹에 흔들리지 않는다
[브레이크뉴스 2004-11-03 13:59]

한국의 영화전문사이트 무비스트가 네티즌 4937명을 대상으로 '10월 개봉작 주인공 중 가장 가을 분위기가 물씬 풍기는 매력적인 남자 배우는?'이란 설문조사를 실시했다. 그 결과 영화 <우리형>의 원빈이 전체 26%의 지지를 받아 1위를 차지했다. 2위는 <비포선셋>의 에단호크(25%), 그 뒤로 <주홍글씨>의 한석규(11%)가 따랐다. 이보다 앞서 원빈은 최근 원빈은 여성잡지 엘르걸 미국판 에서 '쿨리스트 가이 셀러브리티'에 한국을 대표하는 멋진남자로 데이빗 베컴, 쥬드 로, 조니 뎁, 올란도 볼룸, 금성무 등과 함께 뽑혀 세계 꽃미남 대열에도 올라선 바 있다.

이미 원빈은 한국 최고의 미남 스타를 넘어 세계적으로도 인정받는 톱스타의 자리에 오른 것이다.원빈은 데뷔시절부터 방송사 PD, 기자, 그리고 영화사 담당자들의 주목을 받았다. 특히 여자 연예인들이 원빈과 한번이라도 만나기 위해 집요하게 연락을 취한다는 가십성 기사가 끊이지 않았다. 원빈이라는 이름이 스타로 널리 알려지기 전의 일이니 원빈의 성공은 이미 보장되어 있던 것이나 마찬가지였다.

그러나 원빈 개인으로 볼 때는 그가 연기자로서 대성공을 거둔 것은 꿈같은 일이었다. 그는 귀족적인 외모와 달리 강원도 정선이라는 산골마을에서 2남 3녀 중 막내로 태어났다. 원빈은 어렸을 때부터 혼자서 노는 것을 좋아했고 말이 별로 없는 내성적인 아이였다고 고백한 적이 있다. 그의 첫사랑 이야기는 그의 성품을 알려주는 일화이다. 원빈은 중학교 시절 긴 머리에 청바지 맵시가 어울리는 K라는 여학생을 짝사랑했다 한다.

"K에게 말 한번 제대로 걸어보지 못했다. 나보다 한 살이 어리니까 편 한 동생처럼 대해도 됐는데 이상하게도 말문이 트이지 않았다.누나도 많아 여자들과 얘기하는 게 자연스러울 법도 한데 이상하리만치 여자 앞에만 가면 꿀 먹은 벙어리였다. 그렇다고 가만히 앉아있을 수만은 없었다. 내 방식대로 ‘작업'에 들어갔다. K가 부담스럽지 않게 멀찌감치 떨어져 아끼고 보호해주는 것, 그것이 '작업'의 주된 내용이었다. 조금 소극적으로 보일 수도 있겠으나 어떡하나? 그 방법말고는 아무 생각도 나지 않는데…. 현재 방송 중인 모 CF에서의 내 모습을 연상하면 이해가 빠를 것 같다.“난 너의 수호천사야∼”를 목청 높여 멀리서 외치던 그 모습 말이다."

원빈의 말대로 이 CF는 원빈의 이미지를 시청자들에게 선명하게 각인시켜주었다. 사랑하는 여인의 집 앞에서“야! 김성희, 난 너의 수호천사가 되기로 했어. 왜냐구? 널 무지무지 사랑하니까!" 외친 뒤 뒤도 안 돌아보고 도망가는 원빈의 모습에서 한국의 여성들은 무언가 큰 감동을 받곤 했다. 사랑한다는 말을 외칠 수 있는 당당함과 귀여운 순진함을 간직한 원빈이야말로 90년대 한국 여성들이 바라는 새로운 남성적 코드였다.

원빈은 방송사 공채로 합격하여 한국 최고의 패션디자이너 앙드레김의 패션쇼에 모델로 참여하게 된다. 이 패션쇼에서 연예기획자 정영범의 눈에 띄어 본격적으로 연예활동을 시작했다. 그리고 그가 처음 맡게 된 역할은 윤석호 감독의 청춘드라마 <프로포즈>에서의 개를 끌고 다니는 시인 역이었다. 원빈이 이 역할을 맡게 된 데에는 정영범씨와 윤석호 감독의 감각 덕택이었다.

"미국이나 일본의 경우를 보니까 여성들이 남미계열의 미소년에게 끌리는 경향이 있었습니다. 이것을 보고 한국에서도 조만간 이런 이미지의 남성 스타가 뜰 것이라 생각했습니다. 원빈은 이와 가장 걸맞는 이미지를 갖고 있었습니다."

정영범씨는 이런 기획을 갖고 원빈을 스카웃했다고 한다. 개를 끌고 다니는 것은 윤석호 감독과 함께 생각해낸 아이디어라 한다.

"무언가 이국적이고 고급스러운 이미지를 주기 위해서 고민하다가, 골든레트레바라는 고급개를 끌고 다니는 게 좋다는 생각을 했습니다."

원빈은 이 당시 상황을 이렇게 회고했다.

"나름대로 혹독한 연기훈련과 캐릭터 구축작업을 거쳐 97년 드디어 공중파 드라마 데뷔작이 결정됐다. 당시나 지금이나 대단한 인기를 모으고 있는 김희선 류시원 주연의 K2TV 월화미니시리즈 ‘프로포즈’였다. 꼼꼼하기로 소문난 연출자 윤석호 PD는 본격적인 촬영에 들어가기 전 나를 물끄러미 쳐다보더니 잠시 후 뭔가 알았다는 듯이 고개를 끄덕였다. 그리고 나서 다음날 촬영장에 가 보니 웬 개 한 마리가 와 있었다. 연출진은 나에게 “그거 비싼 개니 조심해서 잘 다루고 빨리 친해져라”고 말했다.

'개키우기'라면 마을에서 왕년에 한가락하던 나 아닌가? 비록 족보를 알 수 없는 개들이어서 그렇지…. 개는 금세 내 말 한마디면 일어났다 앉았다를 반복하는 충견이 됐다."

이렇게 해서 원빈은 대한민국에서 가장 귀족적인 남성스타가 되었다. 그러나 그렇다고 해서 그가 곧바로 성공할 수 있었던 것은 아니다. 평소에 늘 내성적인 성격의 원빈은 <프로포즈>의 성공 이후 차기 활동을 결정하지 못하고 있었다. 그저 한국의 연예계가 늘 그렇듯이 연예오락프로그램에 들러리로 나서는 것이 고작이었다. 쇼프로에서의 원빈은 그냥 멀쩡하게 잘생겼으나 재미없는 남자에 불과했다.

이런 원빈을 다시 불러들인 것도 윤석호 감독이었다. 윤감독은 1999년 청춘드라마 <광끼>에서 원빈을 캐스팅하며 머리를 기를 것을 요구했다. 이 드라마에서의 원빈은 "바라만 봐야한다. 바라만 보는 것이 가장 힘든 일이다"라는 대사 등을 읊는 털털하면서도 담백한 예술가 지망생이었다. 드라마 <광끼>는 원빈은 물론 훗날 모두 톱스타가 된 양동근, 최강희, 이동건 등 스타의 산실이 되었다.

그러나 아직도 원빈의 매력이 모두 다 표현된 것은 아니었다. 영화계와 드라마계에서는 무궁무진한 잠재력을 갖추고 있는 원빈의 매력을 어떤 형식으로 표현해낼지 고심했다. 그러다 2000년대 새롭게 불고 있던 터프가이 신드롬을 원빈판으로 소화해보려는 실험을 감행했다. 드라마 <꼭지>에서 다방의 연상녀 마담을 사랑하는 반항적인 고등학생역으로 분한 것이다.

드라마의 제작진에서는 처음에 원빈의 캐스팅을 반대했다고 한다. 이제껏 이국적인 시인, 부드러운 예술가의 역할만을 맡아왔던 미남스타 이미지를 한꺼번에 바꾸기에는 무리라는 판단 때문이었다. 그러나 원빈은 당시 "죽을 각오를 하고 열심히 하겠다"는 자세로 제작진으로부터 인정을 받아 자신의 연기인생을 바꿀 수 있는 계기를 만들어낸다. 당시 전반적으로 드라마 시청률이 고전을 면치 못했던 KBS는 이 드라마로 재기의 발판을 마련했다.

대부분의 시청자들은 <꼭지>에서의 원빈이 <프로포즈>와 <광끼>에서의 원빈과 같은 인물인지 구분하기 어려울 정도로 그는 극과 극의 변신에 성공했다.

원빈은 이 드라마 한 편으로 가능성있는 잘생긴 미남에서 이제껏 한국 드라마와 영화에서 존재하지 않았던 미지의 캐릭터도 표현할 수 있는 대형급 스타로 자리잡아가기 시작했다. 그리고 <꼭지>에서의 터프가이를 한 단계 업그레이드시킨 <가을동화>의 터프가이로 다시 브라운관에 돌아온다.

윤석호 감독의 말에 따르면 <가을동화>에서 원빈에게 처음에 맡겼던 역할은 송승헌의 역이었다고 한다. 배다른 여동생을 사랑하는 부드럽고 슬픈 남자의 역, 어찌보면 이는 터프가이라기 보다는 원빈 특유의 이국적인 매력을 보여줄 수 있는 역이었다. 그러다 송승헌이 캐스팅되면서 원빈은 터프가이 '태석'의 역을 맡게 된다. 윤석호 감독 보인도 인정하듯 결과적으로 이는 <가을동화>의 작품성을 극적으로 높여주는 선택이 되었다.

"얼마면 돼? 얼마면 되겠어? 널 돈주고 사겠어"

여주인공 송혜교를 앞에 두고 강렬한 눈빛으로 바라보며 사랑을 고백하는 이 원빈의 대사는 각종 오락프로에서 패러디를 할 정도로 장안의 화제가 되었다. 엄밀히 말하면 <가을동화>의 주인공은 송승헌과 송혜교였고 원빈은 이들의 사랑에 끼어드는 조연이었다. 그러나 <가을동화>이후 원빈은 송승헌보다 더 많은 기대를 받게 되었다. 이는 이들의 향후 활동에서도 증명되었다. 송승헌이 <가을동화> 이후 각종 영화에서 실패를 거듭한 반면 원빈은 영화 <킬러들의 수다>와 <태극기 휘날리며>를 통해 정우성, 장동건, 이병헌과 함께 한국 최고의 스타로 올라서게 된다.

<가을동화> 이후 원빈의 연속된 성공은 우연이 아니라는 것이 전문가들의 의견이다. 조금만 뜨면 조급하게 여러 작품에 나와 이미지를 망치던 여타의 스타와 달리 원빈은 차기작을 고르는데 고심했다. 그렇게 해서 시선을 해외로 돌려 일본과의 합작 드라마인 <프렌즈> 출연하기도 했었다. 그뒤 작품성으로 인정받는 장진 감독의 <킬러들의 수다>에서 순수한 눈을 가진 막내 킬러로 분할 수 있었다. 이 역은 강원도 산골에서 막내로 자란 원빈 본연의 모습이었다. <킬러들의 수다>의 흥행성공 이후 각종 강연회에 나왔던 장진감독은 작품보다도 원빈에 대한 질문을 더 많이 받기도 했었다.

이 당시까지만 해도 원빈은 젊은 여성들로부터만 사랑을 받는 미남스타로서의 한계를 완전히 극복하지는 못했다. 원빈이 차기작으로 국민 영화 감독인 강제규 감독의 <태극기 휘날리며> 출연을 결정한 것도 이러한 한계를 뛰어넘기 위해서였다. 이미 영화 <친구>로 전국적인 흥행을 기록한 장동건과 함께 원빈은 남북한의 이념적 대립이 잔존하는 대한민국의 현실을 연기로써 마음껏 표현하였다. <태극기 휘날리며>는 무려 천만명의 최고흥행기록을 세우며 이제 대한민국에서 원빈을 모르는 사람이 없을 정도로 그의 지명도를 끌어올렸다.

그러나 원빈이 <킬러들의 수다>와 <태극기 휘날리며>에서 온전히 연기력 자체만으로 인정받았던 것은 아니다. 장진 감독도 원빈의 연기력에 아쉬움을 표했고, <태극기 휘날리며>에서도 원빈의 연기는 장동건의 힘있는 캐릭터에 눌린 듯했다. 원빈이 다른 인기스타들이 <드라마 출연을 고사하고 영화를 고집하는 이유도 연기에 대한 욕심 때문이었다.

원빈은 올해 자신이 표현한 캐릭터 중 가장 주목을 받았던 <꼭지>와 <가을동화> 때의 터프가이로 다시 돌아온다. 2004년 가을 한국 극장가를 강타한 영화 <우리형>에서 그는 비로소 '원빈'을 위한 영화를 만나게 된 것이다. 부산 사투리를 써야했던 원빈은 이 영화를 통해 연기자 원빈으로 인정받으려 노력했다.

"연기는 정말 힘들어요. 아무나 하는 게 아닌 거 같아요. 어떤 연기자에게라도 배울 점이 있고 모두 훌륭하다는 생각이 들어요. '배우'로 거듭나고 싶습니다"

1997년 <프로포즈>로 데뷔한 이래 7년 만에 그는 점차 연기라는 하나의 예술적 행위를 깨닫기 시작한 것이다.

한국의 대중문화 전문기자 서병기는 원빈을 이렇게 평했다.

"미남스타로서 그는 수많은 유혹을 받았을 것이다. 그러나 그는 스타가 된 뒤 오히려 한 작품 한 작품 신중하게 골라, 미남스타에서 연기자로 성장해갔다. 만일 그가 다른 스타처럼 뜰 만한 드라마나 오락프로그램에 출연을 반복했다면 지금의 원빈은 없었을 것이다"

원빈이 여러 가지 유혹을 극복할 수 있었던 것은 그가 선천적으로 내성적인 품성을 지녔기 때문일 것이다. 그는 그 스스로 유명한 스타가 되고자 했던 것이 아니었다. 그는 단지 연기를 하고 싶어했을 뿐이다. 또한 그의 가족들 역시 그가 유명해진 것에 대해 아직까지 달가와하지 않는다 한다. 오히려 각종 인터뷰에서 가족들의 이름을 거론하지 말 것을 부탁할 정도이다. 그는 수많은 여성들의 유혹을 받으면서도 아직까지 단 한 번의 스캔들도 내지 않았다.

또한 원빈은 언론과의 인터뷰를 하지 않는 것으로 알려져있다. 연기자는 연기로만 평가받겠다는 그의 지론 때문이다. 그러나 이런 그가 어쩌다 한번 인터뷰를 할 때마다 그는 꼭 의미심장한 말을 남긴다. 원빈의 팬클럽에는 이런 그의 어록을 따로 모아두기도 했다. 그의 각종 말들을 들어보면 원빈이 늘 꽤나 깊은 고민을 하고 있다는 것을 알 수 있으리라.

"나는 내가 하는 일에서 인기를 얻는 것에 대해 신경쓰지 않습니다.
나는 나에게 가장 중요한 것이 무엇인지 생각하고 내가 무엇을 원하는지,
어떻게 나의 일을 즐기는가를 생각합니다.
내가 인기와 결과에 대해 너무 많이 걱정한다면 나는 불행하게 될 것이라고 생각합니다.
나는 항상 스스로를 일깨웁니다.
내가 원하는 많은 꿈들은 여전히 준비단계에 있기 때문에 나는 신중할 것 입니다.
그리고 걷는 속도를 천천히 할 것입니다."

배용준의 뒤를 이을 한류스타로 원빈을 꼽는데 누구도 주저하지 않는다. 그의 빠르지 않은 걸음속도로 볼 때 앞으로 그가 표현해낼 잠재된 캐릭터가 무엇일지, 모든 사람들이 지켜볼 수밖에 없지 않을까?

- 브레이크무비 BreakMovie.com 새로운영화의 지평을 찾아서 -


(翻訳文)
ウォンビン、誘惑に搖れない"

韓国の映画専門サイトムービーストがネチズン4937人を大象で'10月封切り作主人公の中で一番秋雰囲気がぷんぷんと漂う魅力的なアクターは?と言う(のは)アンケート調査を実施した。その結果映画"うちの兄貴"のウォンビンが全体26%の支持を受けて1位を占めた。2位は"ビポソンセッ"のエダンホク(25%)、その後で"朱字"のハンソッキュ(11%)がよった。これより先立ってウォンビンは最近ウォンビンは女性雑誌エルルゴル米国版で'クルリストガイセルロブリティ'に韓国を代表するモッジンナムザでダビッBackham、ジュード路、ジョニー?デップ、今年欄もボールルーム、金城武などとともに抜かれて世界花美男隊列にも立ち上がった事がある。

もうウォンビンは韓国最高の美男スターを越して世界的でも認められるトップスターの席に上がったのだ。ウォンビンはデビュー時代から放送社PD、?者、描いて映画社担当者たちの注目を引いた。特に女芸能人たちがウォンビンと一度でも会うために執拗に連絡を取るというゴシップ性記事が絶えなかった。ウォンビンという名前がスターに広く知られる前の事だからウォンビンの成功はもう保障されていたのと同じだった。

しかしウォンビン個人で見る時は彼が演技者として大成功をおさめたことはクムガッは仕事だった。彼は貴族的な外貌と違い江原道精選という山里村で2男3女の中で末っ子に生まれた。ウォンビンは幼い頃から一人で遊ぶことが好きだったしものがあまりない内気な児だったと告白したことがある。彼の初恋話は彼の性分を知らせてくれるエピソードだ。ウォンビンは中学校時代長い髪にジーパン着こなしが似合うKという女学生を片思いしたと言う。

"Kに言葉一度まともにかけて見られなかった。私より言った肉が幼いから楽な弟(妹)のように対しても良かったが不思議なことに話の糸口が開けなかった。お姉さんも多くて女達と話すのが自然な法も一所に以上するほど女の前にさえ行けば蜂蜜食べた唖だった。それでもじっと座っていることはできなかった。私の方式どおり'作?'に入って行った。Kが負担ではないように遠く落ちて惜しんで保護してくれること、それが'作?'の主な内容だった。少し消極的に見えることもできるかどうするか?その方法を除いてはどんな考えも出ないのに...。現在放送中の苗CFでの私の姿を連想すれば理解が早いようだ。"私はお前の守護天使なの~"を声高めて遠くから叫んだその姿言葉だ。"

ウォンビンの言葉通りこのCFはウォンビンのイメージを視聴者たちに鮮かに刻印させてくれた。愛する女人の家の前で"やあ!ギムソングフィ、私はお前の守護天使になる事にしたの。ウェニャで?君を非常に愛するから!"叫んだ後後も見回らないhて逃げだすウォンビンの姿で韓国の女性たちは何か大きい感動を受けたりした。愛するという話を叫ぶことができる堂々さと可愛い純粋さをおさめたウォンビンこそ90年代韓国女性たちが望む新しい男性的コードだった。

ウォンビンは放送社公採で合格して韓国最高のファッションデザイナーアンドレキムのファッションショーにモデルに参加するようになる。このファッションショーで芸能企画者ゾングヤングボムの目立って本格的に芸能活動を始めた。そして彼が初めて引き受けるようになった役目は尹碩号監督の青春ドラマ"プロポーズ"での犬をひいて通う時の役だった。ウォンビンがこの役目を引き受けるようになったところにはゾングヤングボムシと尹碩号監督の感覚徳沢だった。

"アメリカや日本の場合を見るから女性たちが南米系列の美少年にひかれるきらいがありました。これを見て韓国でも早いうちにこんなイメージの男性スターが人気をあつめると思いました。ウォンビンはこれと一番ふさわしいイメージを持っていました。"

ゾングヤングボムシはこんな企画を持ってウォンビンをスカウトしたと言う。犬をひいて通うことは尹碩号監督とともに思い出したアイディアだと言う。

"何か異国的で高級なイメージを与えるために悩んでから、ゴールデンレットレバーという高級ヶをひいて通うほうが良いという考えをしました。"

ウォンビンはこの当時状況をこんなに回考した。

"それなりに残酷な延期訓練とキャラクター構築作業を経って97年いよいよ空中波ドラマデビュー作が決まった。当時や今やすごい人気を集めているキムヒソンリュシオン主演のK2TV月火ミニシリーズ'プロポーズ'だった。几帳面なのにうわさが立った演出者尹碩号PDは本格的な撮影に入って行く前私をじっと眺めたらしばらく後何か分かったというように首をうなずいた。そしてから翌日撮影場に行って見たらなぜ犬一匹が来ていた。演出陣は私に、"それ高い犬だから気を付けてよく扱って早く親しくなりなさい"と言った。

'ゲキウギ'なら村で往年にハンがラックした私ではないか?たとえ系図をわからない犬たちなのでそうなの...。晴れる忽ち私の話一言なら起きた座ったのを繰り返す忠犬になった。"

このようにしてウォンビンは大韓民国で一番貴族的な男性スターになった。しかしそうだとして彼が直ちに成功することができたのではない。普段常に内気な性格のウォンビンは"プロポーズ"の成功以後次期活動を決めることができなかった。ただ韓国の芸能界がいつものように芸能娯楽プログラムに付添い人に出るのが精一杯だった。ショープログラムでのウォンビンはそのまま無欠にハンサムだったがつまらない男に過ぎなかった。

こんなウォンビンをまた呼び入れたことも尹碩号監督だった。ユンガムドックは1999年青春ドラマ"グァンキ"でウォンビンをキャスティングして髪を伸ばせることを要求した。このドラマでのウォンビンは、"バラだけ見なければならない。眺めるだけするのが一番大変な事だ"というせりふなどを詠ずる大ざっぱながらも淡泊な芸術家志望生だった。ドラマ"グァンキ"はウォンビンはもちろん後日皆トップスターになったヤンドングン、チェカンヒ、イドンゴンなどスターの産室になった。

しかしまだウォンビンの魅力がすべて表現されたのではなかった。映画界とドラマ係では限りない潜在力を取り揃えているウォンビンの魅力をどんな形式で表現し出すか苦心した。そうして2000年代新しく吹いていたタフガイシンドロームをウォンビン版で消化して見ようとする実験を敢行した。ドラマ"取っ手"で喫茶店の年上女厭うことを愛する反抗的な高等学生役で扮したのだ。

ドラマの製作陣では初めにウォンビンのキャスティングを反対したと言う。今まで異国的な詩人、柔らかい芸術家の役目のみを引き受けて来た美男スターイメージをいっぺんに変えるには無理という判断のためだった。しかしウォンビンは当時、"死ぬ覚悟をして熱心にする"と言う姿勢に製作陣から認定を受けて自分の演技人生を変えることができるきっかけを作り出す。当時全般的にドラマ視聴率が苦戦したKBSはこのドラマで再起の足場を用意した。

大部分の視聴者たちは"取っ手"でのウォンビンが"プロポーズ"と"グァンキ"でのウォンビンのような人物なのか区分しにくい位に彼は極と極の変身に成功した。

ウォンビンはこのドラマ一本で可能性あるハンサムな美男で今まで韓国ドラマと映画で存在しなかった未知のキャラクターも表現することができる大型級スターに席を取って行き始めた。そして"取っ手"でのタフガイを一段階アップグレードさせた"秋の童話"のタフガイでまたブラウン管に帰って来る。

尹碩号監督の言葉によれば"秋の童話"でウォンビンに初めに任せた役目はソンスンホンの役だったと言う。腹違な妹さんを愛する柔らかくて悲しい男の役、どう思えばこれはタフガイと言うよりはウォンビン特有の異国的な魅力を見せてくれることができる役だった。そうしてソンスンホンがキャスティングされながらウォンビンはタフガイ'テソック'の役を引き受けるようになる。尹碩号監督ボインも認めるように結果的におこる"秋の童話"の作品性を劇的に高めてくれる選択になった。

"いくらならできて?いくらならできて?君をお金払って買って"

女主人公ソンヘギョを前に置いて強烈な目つきで眺めて愛を告白するこのウォンビンのせりふは各種娯楽プロでパロディーをするほどに長安の話題になった。厳密に言えば"秋の童話"の主人公はソンスンホンとソンヘギョだったしウォンビンはこれらの愛に割りこむ助演だった。しかし"秋の童話"以後ウォンビンはソンスンホンよりもっと多い期待を受けるようになった。これは人々の今後の活動でも証明された。ソンスンホンが"秋の童話"以後各種映画で失敗を繰り返えした一方ウォンビンは映画"キラーたちのおしゃべり"と"太極旗飜って"を通じてチョンウソン、チャンドンゴン、イビョンホンと一緒に韓国最高のスターに立ち上がるようになる。

"秋の童話"以後ウォンビンの連続された成功では偶然ではないということが専門家たちの意見だ。少しさえ浮かべば心忙しく多くの作品に出てイメージを台無しにしたそのほかのスターと違いウォンビンは次期作を選ぶのに苦心した。そうして視線を海外に向けて日本との合作ドラマである"プレンズ"出演したりした。その後作品性と認められるじゃンジン監督の"キラーたちのおしゃべり"で純粋な目を持った末っ子キラーに扮することができた。この役は江原道山里で末っ子に育ったウォンビン本然の姿だった。"キラーたちのおしゃべり"の興行成功以後各種講演会に出たじゃンジン監督は作品よりもウォンビンに対する質問をもっとたくさん受けたりした。

この当時までにしてもウォンビンは若い女性たちからだけ愛される美男スターとしての限界を完全に乗り越えることはできなかった。ウォンビンが次期作で国民映画監督カンジェギュ監督の"太薯F旗飜って"出演を決めたこともこのような限界を飛び越えるためだ。もう映画"友障U"で全国的な興行を記録したチャンドンゴンと一緒にウォンビンは南北韓の理念的対立が残存する大韓民国の現実を延期として思いきり表現した。"太極旗飜って"はおおよそ千万人の最高興行記録を立ててもう大韓民国でウォンビンが分からない人がいない位に彼の知名度を引き上げた。

しかしウォンビンが"キラーたちのおしゃべり"と"太極旗飜って"で完全に演技力自体だけで認められたのではない。じゃンジン監督もウォンビンの演技力に惜しさを示したし、"太極旗飜って"でもウォンビンの演技はチャンドンゴンの力が強いキャラクターに押されたようだった。ウォンビンが他の人気スターたちが"ドラマ出演をさしおいて映画を固執する理由も演技に対する欲心のためだった。

ウォンビンは今年自分が表現したキャラクターの中で一番注目を引いた"取っ手"と"秋の童話"時のタフガイでまた帰って来る。2004年秋韓国映画館通りを強打した映画"うちの兄?"で彼ははじめて'ウォンビン'のための映画に会ったのだ。釜山なまりを使わなければならなかったウォンビンはこの映画を通じて演技者ウォンビンと認められようと努力した。

"延期は本当に大変です。誰でもするのではないようです。ある演技者にでも学ぶ点があって皆立派だという気がします。'俳?'で生まれかわりたいです"

1997年"プロポーズ"でデビューした以来7年ぶりに彼は徐徐に延期という一つの芸術的行為を悟り始めたのだ。

韓国の大衆文化専門記者西兵器はウォンビンをこんなに評した。

"美男スターとして彼は幾多の誘惑を受けたはずだ。しかし彼はスターになった後むしろ一作品一作品愼重に選んで、美男スターで演技者に成長した。万である彼が違うスターのように人気をあつめるに値するドラマや娯楽プログラムに出演を繰り返したら今のウォンビンはいなかったはずだ"

ウォンビンがさまざまな誘惑を乗り越えることができたことは彼が先天的に内気な品性を持ったからだでしょう。彼はその自ら有名なスターになろうとしたのではなかった。彼はただ延期をしたがっただけだ。また彼の家族たちも彼が顔が売れたことに対していまだに有り難がらないと言う。むしろ各種インタビューで家族たちの名前を取り上げないことを頼むほどだ。彼は幾多の女性たちの誘惑を受けながらもいまだにただ一番(回)のスキャンダルも出さなかった。

またウォンビンは言論とのインタビューをしないことと知られている。演技者は延期にだけ評価を受けるという彼の持論のためだ。しかしこんな彼が偶然に一度インタビューをする度に彼は必ず意味深長な言葉を残す。ウォンビンのファンクラブにはこんな彼の語録を別に集めておいたりした。彼の各種言葉を聞いて見ればウォンビンが常にかなり深い悩みをしているということが分かろう。

"私は私がする仕事で人気をあつめることに対して気を使わないです。
私は私に一番重要なのが何なのか思って私が何を願うのか、
どんなに私の仕事を楽しむかを思います。
私が人気と結果に対してあまりにも多く心配したら私は不幸になると思います。
私はいつも自らを悟らせます。
私が願う多くの夢は相変らず準備段階にあるから私は愼重なことです。
そして集める速度をゆっくりするでしょう。"

ベヨンジュンの後を引き継ぐ寒流スターでウォンビンを指折るのに誰もためらわない。彼の早くない歩み速度で見る時前に彼が表現し出す潜在されたキャラクターが何だろうか、すべての人々が見守るしかあろうか?

-ブレーキムービーBreakMovie.com-
新しい映画の地平を捜して - ???
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